悩んだ時間は無駄にならない、それが人生の彩りだから って、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20180627ohanakekioomiyawasabi

今週は、気になることが多すぎて、連日、深夜3時頃まで悩んでいました。

ついに、今朝は目覚ましが鳴ったことに気づかず、7時過ぎに起床。

本来は、6時半に起きるのです。やってしまった。


悩みごとは、悩む時間が増えたからといって解決するものではない。

(・∀・) 宿題方式じゃないから、悩んだとて、結果は出ないんやでー

小学校の宿題のように、とりあえず、やれば良いシステムじゃないんだよね。

わたしが悩んでいることの結論は、誰かが知っている。わたしは、それを知らないし、知る方法がない。

だから、あれやこれやと憶測で、悩みを増大させて、寝不足に陥っていました。

最終的に、悩んでも仕方ない、そのうち結果が分かるんだと、自ら納得。

今週は、悩んでも仕方がないタイプの悩み事に振り回された1週間でした。


でもね。

悩んで、悩んで、どうしよう、どうしようと騒いだことで、得たものもありました。

まず、やりきった気持ちになりました。

※ 実際には、何もやり遂げてないけど。

時間を費やして、情報を集めたことで、基礎知識が補強されて、より深い情報に到達できる自信がついた。

(・∀・) 次に悩むときには、ひとつレベルアップしたところで悩めるはず


うっすら悩んでいると、ながーい期間もぞもぞと心の片隅を支配する。

でも、集中して悩むと、短期間で、自分にはどうにもならん。と気づき、穏やかな日々が戻ってくる。

まあ、なんとかなるか。と、気楽に考えられる心境に達するのであり。


わたしは、ささいなことで、頻繁に悩む。

どうしてそんなことで悩んでいたのだろうか。と、我ながら、おばかな時間を使ってしまったと、感じる日々を過ごしている。

でも、こうやって、余計なことをしすぎた毎日のおかげで、いまの幸せがあるのだとも感じる。

悩みすぎているので、悩みが無い日は、なんてことない日でも、なんて快適な日なんだ! と、爽快な気分で過ごせる。

幸せな日はそうそうないけど、不幸じゃない日はけっこうある。

平凡な日々が幸せの本質って、誰かが言うておりました。

悩みがひと段落したあとのスッキリ感。

細胞が、良い汗をかきました。たぶん。

余計に悩みすぎた毎日が、わたしの人生を特別なものにするんだなあ。

みんなと一緒ではない平凡な日常が、またひとつ、わたしの人生に追加されました。


さいきん、悩んでいるときには、立ち向かっていったほうが良いなあと感じるようになりました。

避けていても解決しないし、突っ切っていったら、予想以上に軽〜い悩みであることも、意外と多い。

まだやっていないことに対して、自分が苦手なものだと決めつけて、自分の限界を決めてはいけませんね。

やってみるまで分からないわけや。自分にも分からないことを、人に分かるはずがない。

昨日は苦手だったことも、次の日には苦手じゃなくなるかもしれない。

やってみて、やっぱり嫌だったら、きょうも苦手だったと言い切れるけど、明日も苦手かどうかは、誰にも分からない。

(・∀・) 我のみぞ知る


そういえば。

お米を洗うのが苦手だったのですが、すっかり気にならなくなりました。

お米は、はじめの水分をたくさん吸収するそうです。

だから、お米を洗っているあいだに、わたしの手の汚れが、お米に付着したらどうしようと心配していたのです。

これは、強迫神経症の、手を何度も洗ってしまう、自分が汚い気がするに関連した癖です。

でも、日本中には、わたしより手の汚い人が山ほどいる(失礼)けど、汚いごはんによって問題が起こったというニュースは聞いたことがない。

(・∀・) そんなことで人は病気にならないんだね、おそらく

そう考えたら、普通にお米を洗えるようになりました。

悩むことは、新しい気づき発見の源なのだ。


関連記事 : 石鹸を大量消費してやります。元不登校、強迫神経症と仲良く暮らす。


ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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