身体がはっした危険信号を見逃さないでって、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

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わたしは、自分が社会復帰して「逃げるが勝ち」がモットーになっています。

なぜ、そのように考えているかというと、自分の「心」さえあれば、人生はいつでも大丈夫、なんとかなるんだと気づいたからです


わたしが不登校になった時には、心がそこにあるだけ、正常な機能を果たしていない状態になっていました。

もはや立ち直れないところまで、落ち込んでいたため、心の機能が復活するまでに、ずいぶん長い時間が必要でした。


わたしは、人間に必要な部品はふたつあると思っています。

「心」と「身体」です。

「身体」は、生きていくために必要な、入れ物です。姿かたち。

「心」は、いままでの記憶を蓄積したり、これからのことを考えたり、いま、まさにどう動くかを指示するはたらきがある。わたしそのもの。

心は、身体を操ることができるので、優先されるのかと思いきや、実はそうでもない。

身体には、自分自身が正常に働けなくなったときに、心の動きをストップさせる制御装置が備わっている。

心は、そのものだけでは、存在することができない。身体が壊れてしまった、死んでしまったら、困るので、心もまた、身体の指示に従う必要がある。

だから、「心」と「身体」は、お互いの動きを監視し、暴走しないように見守りながら、共存している。

わたしは、自分自身について、そのような認識をもっています。


心が不安定になったとき、心だけじゃなく、身体にも異常が起こるのは、心が自分自身で気づくことのできない不調を、身体が知らせているのかなあと思って。

たとえば、わたしの場合、学校に行くと、涙が止まらない状態になりました。

これが、一番最後の危険信号です。

思い返すと、その前に、いつもと違う日常が始まっていたんですね。

何に対しても、不安を感じたり、人と上手く話せなくなったり。

お弁当を食べる元気が無かったのも、夏バテではなく、心の不調から始まったように感じます。

実際に不登校になったのは、冬休みの直前、直後あたりだったけれども、本当は夏休みの終わりから、始まっていたのかもしれません。

しんどいなあ。と思いながら、なんとか学校へ通っていました。

耐えなければ。みんな、しんどいけど、学校に通っているんだ。わたしも耐えなければ。

一生懸命、学校へ通っていました。その当時は、必死でした。

その結果、ちょっと休憩しようと休んだ次の日から、もう学校へ通うことができなくなりました。


「心」が疲れきっていることを、「身体」は気づいていたのです。

だから、ちょっと休もうよーって、身体の不調サインを出して、わたしに休息を促していたんですね。

でも、わたしは、疲れている時間はない、もっとがんばらないと、わたしがダメな人間だから疲れるんだ、もっとがんばらないと。って、さらに自分を追い込んでしまった。

その結果、「身体」は、もう無理だとなり、最終信号を出したのです。

この危険信号も見逃していたら、わたしは死んでいたかもしれません。


夏休みが終わって、新学期が始まる、8月終わりから9月にかけて、自殺する若者が増えると、さいきんのニュースで話していました。

学校へ行かないことではなく、学校へ行かなくても責められない方法を考えて、自殺することを選んでしまったのかもしれません。

不登校になると、家族も焦ります。なんとしてでも学校へ通わせようと、怒るのは、一時的には効果があるかもしれません。

でも、学校に行けなくなった子どもが、じゃあ次に何を考えるかというと、学校に行かなくて良い方法を考え始めるのです。

学校へ行かなくても責められないために、自殺する、あるいは自殺未遂をする道を選んでしまうかもしれない。


不登校になると、責められる場面も多いですが、危機状態の自分を、自分の意志で守ったのですから、立派なことだと思いませんか?

学校へ行かなければいけないと、多くの人が口にするのに、自殺してはいけないと、耳にする機会はとても少ないです。

学校へ行かないよりも、自殺しないことのほうが、よっぽど大事です。

中学生や小学生にとって、学校は非常に大事な場所です。それがすべてといっても過言ではありません。

学校へ行かなくても良いという選択肢がある。そのことにさえ気づいていない子どもが、たくさんいます。

学校でトラブルを抱えている場合には、親や周囲の人が、少し休んでみたら? など、声かけできる環境を整える必要があると、わたしは考えます。

命よりも大切なものはない。勉強よりも、よっぽど大事なことです。

自分が死ぬと何が起こるのか、家族はどんな気持ちになるのか、もっと、もっと、何度でも、子どもに伝えるべき情報ではないでしょうか。


わたしは、耐えることが、未来の自分の糧になるとは思いません。

未来を有意義に生きるために、いまが不幸ではいけない。いまが楽しくなければ、未来への希望をもって、がんばることもできないと考えます。

だから、ここはダメだ、自分には合わない、と思う場所からは逃げることを決めました。

自分の心さえ、しっかりと元気があれば、いつでも人生はやり直せます。

逃げないことが大事なのではない、逃げるが勝ちのときもある。

身体が危険信号を発している時に、その場から逃げるのは当然です。

正当防衛。自分の危機を自分で救った、誇るべき敗北です。

わたしにとって、不登校は、誇るべき敗北でした。


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過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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