喧嘩する経験が不足していたため、仲直りするタイミングを見失った。そこから学んだことについての、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20181010nakayosioomiyawasabi

わたしには、通信制高校時代にできた親友がいました。

はじめてできた、親友でした。だから、とっても楽しい毎日を過ごしました。

お互いの家に泊まったり、母も交えて、食事に行ったり、家族ぐるみのお付き合いです。

その後、わたしは大学へ進学し、彼女はフリーターになりました。


生活する場所が変わったので、会う機会は減りましたが、彼女はブログを書いていたので、わたしは毎日読んでいました。

通信制高校時代の彼女は、ポジティブな性格で、「後悔しない毎日を送る」をモットーに生活しており、わたしの憧れでした。

でも、だんだんと彼女のブログには、ネガティブで、人をけなすような発言が多くなりました。

それに対して、わたしは、「ネットに人の悪口を書くのはやめたほうが良いんじゃないか」って、言葉をかけました。

すると、予想外の言葉が返ってきたのです。

「不快だ」って。

さらに、わたしの行動や発言に対して、ありえないと思ったことがあるけど、何も言わなかったのに、って怒り始めたのです。

それまで彼女が怒った姿を見たことがなかったし、喧嘩をしたことが無かったので、わたしは驚きました。

わたしが言い過ぎたから、怒ってしまったんだ。と、言葉をつけたそうとしたのですが、余計に怒ってしまったら、どうしよう。と考えて、結局、何も言えませんでした。


数日後。

彼女本人に再び連絡をすることができず、彼女の母に電話をしました。

わたしが失礼な話をしたから、喧嘩になってしまった。ごめんなさい。と告げると、彼女の母から、こんな話がありました。

実は、持病が悪化して、自分の身体が思うように動かせない状態なんだと。

いまは気持ちが不安定で、感情的な発言をしてしまったのだと思う。ごめんね。しばらくしてから、連絡してあげて。と、言われたのです。


それから、彼女に連絡をすることができないまま、何年か経ちました。

彼女はブログを続けていたので、ごくたまに読んでいました。

すると、とある記事を最後に、ブログが削除されたのです。


そこには、こう書かれていました。

「もうすぐ、手術をします。死ぬかもしれない手術です。もし手術が失敗して、自分が死んだあと、ブログを残したままにするのは嫌なので、ブログを削除することにしました。ありがとう。」って。

こういう意図の言葉が並んでいました。


彼女が困っている、苦しんでいるときに、わたしが過去の出来事を蒸し返すように謝罪したら、また不快になるかもしれない。また喧嘩になるかもしれない。

悩んだ結果、わたしは連絡することができませんでした。

彼女と共通の友人がいないので、手術が成功したかどうか、わたしは知りません。


あのとき、すぐに謝らなかったことを、わたしは後悔しています。

わたしには喧嘩する経験、仲直りする経験が不足していました。ずっと友達がいなかったから、喧嘩をしたことが無かったのです。

彼女と喧嘩して、疎遠になったとき、すごく落ち込みました。

なんでも話せる唯一の友達だったので、わたしの日常の大半がかけてしまったように感じたのです。

でも、あのとき、大事な人と離れる経験をしたから、非常に仲の良い人間関係でも、すぐに壊れてしまうんだということに気づきました。

それから、家族や友人と喧嘩したとき、気持ちが落ち着いたら、自分から謝るように心がけています。

わたしは悪くない。と思う日もあるけど、「ごめんね」が言えなくて、いままでの関係が全部なくなってしまうのは嫌だから。

喧嘩は両成敗。お互いに悪いところがある。相手だって、わたしにぷんすかして、自分は悪くないって思っているはず。

わたしは友達が少ない。だから、ひとりひとりに対する愛の深さは、相手がわたしを想う以上に、強い。

より相手を好きなほうが謝るしかない。喧嘩したままだと、わたしが困る。だから、わたしから謝るしかない。

わたしは、夫婦も、ほぼ他人だと思っている。もう家族なんだから、言わなくても分かると過信していると、大きな喧嘩が起こり、取り返しがつかなくなるかもしれない。

夫がいなくなると、非常に困る。だから、理不尽な喧嘩をした日も、自分から謝ると決めている。

縁あって、一緒に暮らしているのだ。お互いに怒っていたとしても、関係を遮断したいわけではないはずだ。

理解してくれるはず。っていう、期待によって、喧嘩が起こる。

理解できないこともあるよ。別の人間なんだから。と考えたら、自分がひとり相撲を繰り広げていることに気づく。

自分の意見を主張しても途切れない関係、つまり信頼と実績の家族になったと、お互いが感じているから、本音と本音、つまり、愛と愛の喧嘩が起こるのだ。やむをえない。


一方で、元の家族(というとあれだけど)である母や姉に対しては、素直に謝れないままである。

先日、ブログに書いた母との喧嘩は、やっと解決しました。

(・∀・) 母は喧嘩したと思っていなかったようだ

わたしが謝ったら、「いつ喧嘩した?」と言われました。親子喧嘩って、そんなもんだ。信頼と実績の家族だから、やむをえない。


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不登校ひきこもり、母親に対して申し訳なく思う


ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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