自分自身が「失敗」って呼んでいただけで、本当は「誇るべき敗北」も、たくさんあると気づいたって、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20181015karahuruoomiyawasabi

進路に悩んだ通信制高校3年の夏


高校3年生になり、高校を卒業してからの進路を考える時期に起こった出来事です。

わたしは、大学に対して、恐怖を抱いていました。

通信制高校では、友達ができて、普通の高校生活を送っていました。でも、一般の学校、普通の高校だったら、また学校に行けなくなるのではないかと、心の奥では不安を感じてたからです。

ですので、普通の高校を卒業した人たちが集まる場所、大学へ進学することに対して、恐怖を抱いていたのです。

大学で、まわりの人と仲良くできなくて、再び、不登校ひきこもりになってしまうのではないか。新しく積みあげた自分が崩壊するのではないか。って、恐怖です。

だから、一般の大学ではなく、通信制の大学へ進学することも視野に入れて、進路を検討していました。

ただし、通信制大学となると、学部が限られており、自分が最も学びたい分野の学部、学科を選択することはできません。でも、再び、不登校ひきこもりになることを考えたら、通信制大学へ進学するほうが、安心なのかなと考えていました。


通信制高校の先生の言葉。不登校ひきこもりは誇るべき敗北だ

わたしが、どうしようどうしようと悩んでいたときに、国語を担当していた先生(30代男性)に話してみたら、このような言葉をかけられたのです。

「まだ若いんだから、失敗してもやりなおせる。心配するな」って。

その先生は、高校時代に不登校になり、学校を退学しました。でも、20歳を過ぎた頃に、中卒では困ることに気づき、再び、高校へ通うことを決めました。

当時は、中学卒業から時間が経っている人間を受け入れてくれる高校が少なかった。だから、北海道の高校へ通うため、九州から引っ越して、3年間、学生寮生活。

同じように、なんらかの理由があって、高校を卒業していない大人が集まって、貴重な時間を過ごした結果、先生になることを決めたんだ。と話していました。

失敗したようにみえる人生でも、失敗したから出会えた人や場所、考え方が、自分の一生モノになる可能性もある。誇るべき敗北だってあるんだ。失敗を恐れるな。って。

その言葉に後押しされ、わたしは、普通の人々が通う、一般的な大学への進学を決めました。


失敗を恐れて、自分の選択に自信をもてなかった

あれから、10年近くが経ちました。不安のほとんどは、実際に起こることなく、わたしの毎日は過ぎていきました。

わたしは一般の人々が通う大学へ進学し、自分が最も学びたかった分野の勉強に取り組み、無事に国家資格を取得しました。再び、不登校ひきこもりになることなく、卒業できました。

昔のわたしは、失敗することを、過度に恐れていたように思います。

あのころのわたしは、不登校ひきこもりになった自分に対して、「ダメな人間」のレッテルを貼っており、自分自身の考えのほとんどは間違っているんだと思い込んでいました。

だから、これから先、自分が望む未来を選ぶことに対して、恐怖を抱いていたのです。きっと、また失敗するんだ。って。

高校3年生、17歳や18歳のころ、「きょうの決断が人生の大きな分岐点になる」と、未来の自分に対して、責任を強く感じていました。

大人になるにつれ、自分の人生に対して、選択する項目が増え、そのひとつひとつ、どの選択をしたとしても、恐れるほどの失敗は起こらないんだと気づきました。

失敗しても、本来の道へ戻ることはできる。あるいは、失敗して行きついた場所で、自分自身の新しい生き方に出会うこともある。

だから、人生に失敗は無いんだ。自分自身が、「失敗」って呼んでいただけで、本当は「誇るべき敗北」も、たくさんある。

運命が、わたしをもっとも適した場所へ運んでくれたのかもしれないと考えたら、失敗は寄り道であり、わたしの人生を、わたしだけのものにする、彩りに思えるのです。


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過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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