学校は、我慢して耐えて通う場所なのかって、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20181017kyousituoomiyawasabi

学校は耐えるところ?

不登校になる前のわたしにとって、学校は耐えるところでした。嫌で仕方がなかった。

通信制高校や、大学へ進学して、まわりと同じように学校へ通うようになり、気づきました。

いまの自分は、我慢して、耐えて、学校に通っているわけじゃない。って。


不登校は忍耐力が足りないのか

不登校からの社会復帰を経て、通い始めた通信制高校や大学では、我慢して、耐えて、学校へ行くという感覚にはなりませんでした。

すごく楽しいかといわれると、そうでもなかったけど、少なくとも、嫌ではなかったです。

眠いなあ、とか、ぼーっとしたいなあとか思う日はあったけど、嫌で仕方がないけど、行かなきゃいけないって気持ちにはならなかったのです。

となると、わたしがよく言われる「忍耐力が足りないから不登校になったんだ」って意見は、どうやら間違っているんじゃないかと考えるようになりました。

では、あの気持ち、「学校が嫌で仕方がない」って気持ちは、なんだったんだろうか。と。


学校嫌いは、誰かになろうとしていたせいかも

振り返ってみると、学校が嫌いだったというよりも、日常が嫌いだったといえるかもしれません。

自分自身が嫌いだったのです。人と上手く話せない、いつもニコニコできない、自分が思っていることを伝えられない、など、人間関係の不安ばかりを感じていました。コミュニケーション能力が足りない自分を捨ててしまいたかった。

自己肯定感が低かったのですね。自分を好きである気持ち、わたしには、ほとんどありませんでした。

愛することは愛されることだ、本で読みました。わたしが自分を愛していなかったから、誰にも愛されなかったのかなあ。

わたしは自分自身への信頼が欠如していました。自分にないモノを数えて、あれもない、これもないって焦っていました。

本当は、他の人より優れたところもあったはずなのに、それには気づかず、他の人のことばかり見ていました。あの子みたいになりたい、って。


不登校ひきこもりから社会復帰したときの変化

自分はこれで良いんだ。って、不登校ひきこもり期間を経て、社会復帰するときには、そう考えるようになっていました。

それは、うつ状態から回復して、前向きな気持ちをもったことや、不登校ひきこもり期間のあいだに、自己肯定感を高めた結果、それまでとは違う考え方ができるようになった影響です。

ごめんね、他の誰かになろうとしちゃって。残念ながら、わたしの日常は、すでに100点満点だったんだなあ。

だから、遠慮なく生きていこう。他の人になろうとせず、自分が判断したことに自信をもって生きよう。他の人がどう感じるか、心配しなくていい。自分に遠慮する必要は無いんだ。

って、わがまま思考で生きることにしたら、やがて友達ができて、彼氏ができて、結婚できました。

昨日のブログにも書いた「人生はそういうもんでしょう」って考え方に似ているのかもしれない。

わたしは、わたしの人生を生きている。他の人がどう感じるかより、自分がどう感じるかを優先して、日常の選択を判断したら良かったんだなあと、いまは思います。


不登校ひきこもりになる前に耐えてきた時間

不登校になると、「忍耐力が足りないから」って、意見をよくききます。

本人のことをよく知らない人が、いろんな憶測で話すのは仕方がないです。

でも、近くで見ている家族には、不登校ひきこもりになる前に過ごした時間も認めてあげてほしいです。

不登校ひきこもりになる前には、我慢して、耐えて、学校に通っている期間が、少なからず存在したはずです。

「いままで、がんばっていたんだね」って、認めてあげることが、不登校ひきこもりを受け入れて、前に進む、最初の一歩なんじゃないかなあ。

自尊感情や自己肯定感など、自分を好きである気持ちは、すぐには高くなりません。

ちょっとずつ不登校ひきこもりに近づいたのですから、ちょっとずつしか回復しないんだ、時間がかかるんだって、焦らずに、時間をかけて変化していく、不登校ひきこもりである本人が、自分自身を認めるための時間が必要です。


関連記事 : 
カオス期、停滞期、回復期。不登校による気持ちの変化は三段階ある


ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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