わたしがテレビをぶん投げたときに考えていた気持ちについてのおはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20181019mebaeoomiyawasabi

テレビを壊したくなった

わたしが、不登校ひきこもりになり、半年が過ぎたころのおはなしです。

わたしは、停滞期(不登校中期)にあり、体内にエネルギーがあり余っていました。

といっても、自分自身をコントロールできるような精神状態ではなかったので、急に怒ったり、急に涙を流したり、情緒不安定な日々を過ごしていました。

あるとき、イライラが止まらなくなりました。イライラって言葉で表現していいのか分からないほど、強い腹立たしさを生じる腹立たしさ。

( ˘•ω•˘ ) むしゃくしゃするってやつ

わたしは昔からストレスを発散するのが苦手でした。イライラしたら、じっと我慢するぐらいしか、ストレス発散法を知りませんでした。

だから、蓄積されたイライラが爆発して、突発的に、テレビを投げました。

いま、一般的に利用されている薄いテレビではなく、わたしが不登校ひきこもり状態にあったころに一般的に利用されていた四角いテレビです。普段のわたしであれば、あんな重いもの、投げるなんてできなかったはず。

気持ちも、体力もコントロールできず、置いてあるモノを、部屋中に投げ飛ばしました。テレビをはじめ、小さな棚や新聞紙、箱など、足の踏み場もないほどに、ぐちゃぐちゃ。

しばらくすると、ハッと我に返り、散らばったモノを、自分で片づけました。

どうして、わたしは、いま、このような行動をとったのだろうか?

自分自身でも、理解できない行動をとる日も多くありました。やってしまったあとには、かならず後悔しました。

ガラスの花瓶など、割れ物は投げていなかったので、無意識に似た衝動のなかでも、投げるモノの判断はしていたんだなと、納得したりもしました。

|ω・) ちなみにテレビは壊れていなかったよ。意外と丈夫


畳にやかんで水をかけたり

とある日には、やかんで畳に水をかけたこともあります。

ちょうどそこには、父が座っていたので、父も巻き添えで、びしょ濡れになりました。

この日のわたしは、イライラしておらず、無気力でした。誰も自分に関心をもってくれず、寂しかったのかもしれません。

だから、たまたま父がいたというよりも、父をめがけて水をかけたが正しい表現です。

父に水をかけたことで、まあ、怒られますよね。当然。それから、「いったいどうしたんだ」って、悲しい顔をされたのです。

父は、わたしが不登校ひきこもりになったことに対して、積極的な関わりをしませんでした。空気のような。

自分って、ここに存在しているのかなあ。と、家族のなかで、透明人間になったような気持ちをもっていたのですが、やっぱり、わたしはここに存在するんだなあと、納得して、畳への水かけ事件は終わりました。


問題行動を起こす原因は、変化を望む想いの強さ

停滞期(不登校中期)のわたしは、テレビを投げたり、父に水をかけたり、問題行動を起こしていたわけですが、この行動には、わたしなりの理由があります。

「壊したい」って衝動は、いまの自分が嫌だ、変化したい、新しい自分になりたいって想いの実現でした。

不登校ひきこもり状態にある自分自身が嫌だったから、変化することを望んでいました。でも、外の世界で出ていくほどのエネルギーは貯まっておらず、また、自分の精神状態をコントロールすることもできなかったので、問題行動が起こってしまったのだと、わたしは考えています。

不登校ひきこもりになって、希望がもてない毎日を過ごしていました。それでも、明日は何か良い変化があるんじゃないかって、ひそかに願っていました。

変化することを望んでいるから、その想いの強さによって、問題行動が起こったんじゃないかと感じます。問題行動によって、変化を求める気持ちは、より強くなり、社会復帰へと近づきました。

問題行動は、新しい自分の芽生えだったのかもしれません。

いまの自分が嫌だ、変化したい、新しい自分になりたいって、この衝動は、自分自身へ向かう人もいます。そうなると、自傷癖と呼ばれる行動に繋がるのかなあと思います。


関連記事 : 
カオス期、停滞期、回復期。不登校による気持ちの変化は三段階ある


ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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