もしも家族がカオス期の兆候に気づいていたら不登校ひきこもりを回避できたかについての考えや、社会復帰から10年の想いに関するおはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

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カオス期(不登校初期)の兆候、お弁当を残すようになった


高校1年の一学期の終わりごろ、高校に入った当初から仲良くしていた友人たちとの人間関係に躓きました。

どうやって修復したら良いのか分からないまま、夏休みが終わりました。

何が理由で距離ができたのか、いまとなっては正確に覚えていませんが、それほど重大なものではなかったように思います。

これではダメだ。と考えて、他のクラスメイトに相談もしましたが、解決できず。

同時に、他のクラスメイトからの視線にも恐怖を感じるようになりました。

だんだんと気持ちがしんどくなり、自分のクラスから逃げるようになりました。

幸いなことに、隣のクラスに、中学からの塾友達でもある、部活が同じ友達がいたので、休憩時間の大半を隣のクラスで過ごすようになりました。

グループに快く迎えてくれたのですが、運動会や文化祭など、クラス行事では、話に加わることができないので、やがて居心地の悪さを感じるようになりました。

次第に、空腹を感じる日が少なくなり、お昼ごはんを食べない日が多くなりました。そういう日は、図書館で、本を読んで過ごしました。

そのほかに、集中力が途切れて成績が下がったり、夜眠れなくなったり、最終的には涙がとまらなくなり、本格的な不登校ひきこもりになったのです。


家族がカオス期の兆候に気づいたら不登校を回避できた?


もしもの話を考える日が、いままでに何度もありました。

もしも、あと三ケ月耐えていたら、2年からは、隣のクラスのお友達と同じクラスになって、楽しい毎日を過ごせたかもしれない。

もしも、仲が良かったクラスメイトたちと無理して付き合っていたら、また仲良くなって、不登校にならなかったかもしれない。

もしも、はじめから友達がいなかったら、寂しいって気持ちにならずに、中学までと同じように孤独な毎日を過ごして、無事に卒業できたかもしれない。

何度も、いろんなパターンを考えました。いろいろ考えて、あのとき、不登校ひきこもりになるのを回避する方法は、わたしにはなかったなと納得できるようになりました。

家族がカオス期(不登校初期)の兆候に気づいたとしても、回避することはできなかったでしょうね。わたしのなかにある心の問題だから、周囲の人間によって変えることはできなかったと思います。

一時的に回避できたとしても、不登校ひきこもりになるまでのわたしは、いまのように明るい性格ではなかったので、いずれ、どこかでつまづいていたと予測します。

だから、家族が、わたしの変化について、何も気づかなかったことを責めるつもりはありません。


不登校ひきこもりから社会復帰して10年が経ち、いま想うこと


わたしは、自分が不登校ひきこもりになった事実に対して、10年経った、いま、悲観的にはとらえていません。

人生の早い段階で、つまづいて、回復する過程を経験し、それはわたしの生きる希望や教訓になりました。人生は失敗してもやり直せるんだって気づいたからです。

たとえ失敗する可能性が高いとしても、やりたいことに挑戦したら良いって、いまのわたしがもっている、向上心や好奇心、柔軟性、楽観性、それから冒険心は、自分自身が不登校ひきこもりを経験したから、得ることができた教訓だと考えています。

わたしは、結果的に、不登校ひきこもりになってしまいましたが、わたしを迎えてくれた隣のクラスの友達に、とても感謝しています。わたしが本格的な不登校ひきこもりになるまでの高校生活が、辛い記憶になっていないのは、記憶の中で、彼女たちと過ごした時間が見え隠れするおかげです。

彼女たちは、お医者さんや先生など、それぞれの場所でがんばっているそうです。直接会う機会はないのですが、両親が知り合いなので、情報はちらほら届いています。わたしの情報もちらほら届いているでしょう。たぶん。

もしも、偶然に出会う日があったら、「ありがとう」って伝えたいです。人間関係が不得意だったわたしを、仲間に入れてくれて、ありがとう。


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ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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