わたしが失敗を過度に恐れるルーツはアスペルガー症候群による自信喪失であったことや、母に愛されていたと気づいた時期についての、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20181221kurumioomiyawaasbi

どうしてちゃんとできないの


どうして、わたしは過度に失敗を恐れているのかと、過去の出来事を振り返ってみると、幼いころの記憶がリピートされます。

それは、「急ぎなさい。どうしてちゃんとできないの」って、何度も怒られた記憶です。

母にも言われたし、祖母にも言われたし、幼稚園の先生にも、小学校の先生にも…… 周囲にいた、ほとんどの大人から、よく言われた言葉です。

わたしは小さいころから、何をするにも、人より時間がかかりました。真面目に取り組みなさい、ふざけるなと怒られることも、しばしば。

ふざけているのではなく、全速力で取り組んでも、他の人より圧倒的に遅いことが多かったです。手や足の動作が遅くて、頭で考えるのと同じスピードで動かせませんでした。

テストでは良い点をとるので、発達障害を指摘されたことはなく、ぼんやりして集中していないから遅いんだと怒られる日が多かったです。

わたしって、よっぽど集中力がないんだなあ。一生懸命動けないダメな人間なんだなあ。人より劣っているんだなあ。と、子どものころは、よく落ち込んでいました。


失敗を過度に恐れるルーツはアスペルガー症候群による自信喪失


のちに分かったのですが、わたしにはアスペルガー症候群の傾向がありました。

アスペルガー症候群の可能性が高いと言われて、得意、不得意の検査を受けました。結果を見て、納得しました。

臨床心理士のお姉さんによると、わたしは身体を上手に動かすことができていないそうです。

「できない」という言い方には語弊があって、他の項目に比べると苦手というレベル。一般レベル程度なので、日常生活に支障があるわけじゃない。でも、頭の回転や集中する力が高いので、その反動で、動きが遅いのが目立つらしい。

人並みの確率で失敗しているだけ。でも、周囲はそのように見ていなくて、頭の回転が良いぶん、失敗する確率も低いのだろうと予想しているから、人並みに失敗することに対して、ふざけている、さぼっているように見えてしまうんだそうな。

わたしの解釈。電車に例えると、先頭車両(脳)だけ超特急で走っていて、後ろの車両(手足)は普通の速度で遅れて走っているような、ちぐはぐ状態なのかなと思っているよ。先頭車両が特急だったら、普通は後ろの車両も特急で走っていると勘違いするよーって。

わたしの言動がちぐはぐだったから、周囲の人は、ふざけている、やる気がないって怒っていたんですね。臨床心理士のお姉さんと話して、過去の出来事を伝えているうちに、涙が出てきました。

(わたしは努力が足りないから、みんなと同じことができないわけなかったんだ)と、気づいて、安心したからです。

わたしは生真面目人間だったので、手を抜くなんてする勇気もなかったし、親や先生の言うことを一生懸命やっていたつもりだったけど、いつも怒られて、自信を失っていました。

みんなはいったいどうやって努力しているんだろう。自分にどれだけの負荷をかけて生活しているんだろう。わたしは努力ができないダメな人間だから、不登校ひきこもりになってしまったんだ。わたしは人より劣っているんだ。と、ずっと、そう感じながら生きてきたから。


母に愛されたい。自信喪失に繋がった不登校ひきこもりの願い


「ちゃんとしなさい。どうしてちゃんとできないの」「早くしなさい」「1から10まで言わせないで。自分で考えて」

この三つの言葉は、わたしが人から言われた、お怒りワード不動のベスト3です。

大人になってからは、ほとんど言われていないのに、頭のなかに、大仏のごとく、どっしりとかまえています。動く気配がありません。

子どもの頃に言われた言葉は、記憶に残りやすいのかなあと、思っていました。

でも、さいきん、違った見方をするようになりました。子どもの頃に言われたからではなくて、自分が大好きなお母さんから言われた言葉だから、記憶に強く残っているのかなあと。

わたしは、母と喧嘩する日が昔から多いです。でも、母が大好きで、なんだかんだと連絡するし、お姉ちゃんと仲良くしていたら嫉妬するし、もっと頻繁に会いたいです。(ただし、会う頻度が多くなると、確実に喧嘩する頻度も多くなるという問題が発生する)

|ω・) 素直になれず

そうですね、わたしは母に愛されたかったんですね。だから、母の言葉を一生懸命聞いて、改善しようと頑張っていたんです。

でも、上手くできなくて、不出来な自分を母は嫌いになってしまったに違いないと、だんだんと自信を失ったのかもしれません。

だから、わたしは不登校ひきこもりになったとき、母が心配してくれたことが、とても嬉しかったのです。

それは偽善というのか、表面的な心配だと思っていたけど、自分が不登校ひきこもり支援に関わり、お母さんの立場にある人の言葉を聴いたとき、(あのときの母は、本当に、心の中から、わたしを心配していたんだ)と気づきました。

あのときは、衝撃を受けました。不登校ひきこもりになるような子どもは親にとって迷惑でしかないと思っていたから。

子どもが不登校ひきこもりになっても、お母さんの愛情は変わらず、味方であり続けるんだと実感したとき、わたしのなかでぐるぐるしていた、不登校ひきこもり後遺症が一気に軽くなりました。

どんな自分でも愛されているんだと気づき、自己を肯定するエネルギーが貯まり始めたのです。

わたしが大好きなお母さんが好きな「わたし」が、わたしも好きだから。お母さんは好きなものは、わたしだって大好きだから。


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ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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