不登校ひきこもりの関する活動に参加するお母さんをもつ子どもの話を聞いて感じたことや、一緒に過ごす時間を優先してほしいって、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

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不登校ひきこもりに関するボランティアが自己犠牲ではいけない


わたしが不登校ひきこもり支援に関わるようになり、納得した出来事です。

わたしが参加していた団体には、ボランティアとして、不登校ひきこもりの子どもをもつお母さんも多く参加されていました。

わたしは、不登校ひきこもり支援の活動に熱心に参加されている、お母さんを見て、(良いなあ、お母さんの鏡だな)と感じていました。

その後、一緒に活動していたお母さんの子どもと話す機会がありました。昔、不登校ひきこもりの期間があり、いまは社会復帰して会社で働いています。

「良いお母さんですね」と話しかけると、思わぬ言葉が出てきたのです。

「わたしのお母さんは、よその家庭のことばかり気にしていて、自分の家のことは何も見ていなかった。もっと自分の家の心配をするべきだった」と。

わたしは驚きました。しかしながら、そう言われてみたら、多くの時間を、ほかの家庭の子どもたちやお母さんたちとの関わりに費やされるのは、寂しい気持ちになるのも仕方ないのかと思いました。

もしも、わたしの母が熱心にボランティアに出かけていたら、母がよその人のとられたような気分になるかもしれないなあと。

実際にお母さんと話していると、自分の子どもを一番に心配していました。でも、事実がどうであれ、子どもが「嫌だった」と感じるのであれば、それが本人にとっての真実だから、気持ちのすれ違いが起こるのかなあ。

パーソナルリアリティ、自分だけの現実は、本当の真実とは違うから、人間関係は難しいんだなあと感じました。


「自分はひとりぼっちだ」って気持ちが、不登校ひきこもりからの社会復帰を遅くする


不登校ひきこもりに関する支援を行っている団体では、ボランティアを募集していることが多いです。

そういった募集に参加するのは、当然ですが、不登校ひきこもりに強い関心をもっている人。経験者であったり、家族であったり、先生であったり、なんらかの形で「不登校ひきこもり」と強い関係性がある場合がほとんどです。

不登校ひきこもりに限ったことではないと思うのですが、自分の周囲でトラブルが起こったときには、それに関するボランティアに参加する人が多いです。

だから、「不登校ひきこもりで悩んでいる相談者を、なんとかしてあげたい」という気持ちが暴走してしまうことがあります。

たとえば、自分自身にも、不登校ひきこもりの子どもがいるのに、子どもとは向き合わず、ボランティアに多くの時間を使ってしまうなど。

不登校ひきこもりの子どもに語りかけても、上手くいかない。一方、同じように不登校ひきこもりの子どもをもつお母さんと話していると、気持ちが楽だから、感謝されるから、そちらの活動を優先してしまって、家族との関わりが薄くなってしまう場合もあります。

それによって、不登校ひきこもりである子どもは、寂しい、置き去りにされた気持ちになってしまうこともあります。

どこにいても、子どもを最優先に考えているから大丈夫。お母さんは、そう思っていても、「いつも家にいない、よその家のことばかり気にしている」という目に見える情報を、子どもは敏感に認識するかもしれません。

不登校ひきこもりである子どもにとって、「一緒の時間を過ごす」って、とても意味のあることだと思うのです。だから、できるだけ一緒に過ごしたほうが良いと考えます。

部屋から出てこないし。って、思うかもしれないけども、同じ家にいる。それだけで、一緒に過ごしている気持ちになったりもする。

「自分はひとりぼっちだ」って気持ちが、不登校ひきこもりからの社会復帰を遅くするんじゃないかと、わたしは思うのです。

だから、「自分は一人ぼっちだ」と考えるすきを作らせないように、迷惑がられるぐらい、一緒の時間を過ごすのが大切な気がします。


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過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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