いじめっ子を倒す、撲滅することよりも、いじめられている人が希望をもてる生き方を提案できる人間になりたいなあって、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20190321sakuraoomiyawasabi

いじめっこを倒すより、いじめられた子が希望をもてる生き方を


わたしが通っていた小学校や中学校では、日常的に「いじめ」が発生していました。

一ケ月から三ケ月ごとに、違う人が順番待ちをしているようにターゲットに選ばれる状態で、もちろん、わたしがいじめのターゲットになった時期もあります。

毎回、もっともらしい理由をつけて、いじめられるターゲットが選ばれていましたが、大人になって振り返ると、それは理不尽な理由ばかり。

自分や、部活などで自分に関わる人物が、いじめのターゲットになったとき、どうにかしたいと考えましたが、結局、わたしは何もできず、いじめられる順番が終わるのを待つことしか、できませんでした。

当時は、「いじめっ子が悪い、傍観者も悪い」と思い込んでいたのですが、自分自身が不登校ひきこもり支援に関わるようになり、集団の中で生まれる犠牲者(スケープゴート)の考えかたを知り、わたしの考えにも変化がありました。

いじめっ子も、それを容認する人も、孤独になりたくないから、共通の敵を見つけて、強く結びつきたかっただけなんだと。仲間が欲しかっただけなんだと。

いじめる相手は誰でも良かったんです。共通の敵が欲しかっただけ。いじめている子が特別に嫌いだったわけじゃない。

だから、わたしの通っていた中学校では、一人をいじめ続けるのではなく、順番にいじめが発生していたんだなあとの結論に至りました。

いじめられると、自分の性格が悪いから、容姿が悪いから、など、自分がいじめられる原因を考えて、劣等感を抱くことがあると思います。

ですが、多くの場合、いじめっ子たちは、いじめている人の性格や容姿を理由にいじめているのではないので、考えすぎる必要はないと感じます。

一つ理由があるとすれば、「いじめやすい存在」だった。だから、ちょっとした失敗をつつかれてしまったのかもしれません。

わたしもそうでしたが、内向的で、おとなしかったり、友達が少なかったり。

ドラマや漫画では、「いじめっこを倒す」ことが正義であり、いじめの解決策とされる場合が多いです。でも、実際には、いじめっこを倒すのは、なかなか難しいです。

それをふまえて、わたしは、悪い人を倒すのではなくて、弱い人に希望を与える生き方を提案したいと考えるようになりました。

いじめっこを倒すより、いじめられた子が希望をもてる生き方を提案したいなあと。

いじめを撲滅することはできないんだろうなあと思っています。だから、いじめっ子が変化するのを望むのではなく、いじめられた人が、救われるような生き方を提案したいなあと。

いじめられて辛いときは、自分を客観的に見ることができなくなって、マイナスな存在に考えがちだから、「運が悪かっただけ」を口癖にすると、気持ちが楽になるかもしれません。

わたしの感覚では、いじめられる人は、優れた何かをもっている人だと感じます。周りの人にとって、脅威となりうる才能の片鱗があるから、いじめられるのではないかと。

自信をもってください。環境が変われば、再び、希望をもって生きることができるはずです。

逆境をのり越えたら強くなるというけれども、悪意ある壁と一生懸命戦う必要はないのです。逃げたら良い。二度と戻らぬ毎日に、苦しみに耐える日があって良いはずがない。

いじめられた人は、本来とは違う校区の学校に通学可能だとか、遠方の学校に転校可能(学生寮を利用可能)とか、私立中学への編入を認める(授業料免除で)とか、そういう選択ができる制度ができたら、良いなあと思いました。


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