心が疲れたときには掃除をして、執着を手放そうっておはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20190325tannpopooomiyawasabi

心が疲れたときは、まず掃除。元不登校ひきこもりの日常


わたしがうつ病で会社を辞めたとき、「断捨離」の本を読みました。わたしは掃除が苦手で、とりあえず置いておく品が多かったのですが、断捨離の本を読んだことをきっかけに、一人暮らしの部屋の大掃除を実施。それまで、宝物だと思っていた荷物たちの大半は、あってもなくても良いモノだったと気づき、大きなゴミ袋10袋程の荷物を捨てました。

はじめは、部屋が広くなって、寂しく感じました。部屋に余裕があるあいだは、捨てなければ良かったなあと考えていましたが、いまとなっては何を捨てたのかも忘れてしまうようなものばかりだから、捨てて良かったと思います。

部屋の置いてあるものって、ひとつひとつ、なにかしらの思い出があるので、執着しがちです。わたしは、一度、自分の家に招いたものを捨てるのが苦手です。お菓子の箱とかも、なんとなく保管してしまう性格でした。

でも、うつ病になったときの大掃除をきっかけに、(いつか使うかも)と保管したものの大半は、ずーっと使われることなく、タンスの肥やしになるのだと気づき、捨て始めました。どうしても捨てられないものは、1ケ月保管したのち、再考。そんなに情熱を感じなくなっていたら、捨てる。未だに好きなら保管する。

春になると、わたしは、うつ病になったことや、この大掃除のことを思いだします。なぜかというと、「たんぽぽ」を目にする機会が増えるからです。

たんぽぽって、やがて、綿になって、ふわふわと遠くへ飛んでいきますよね。たんぽぽの花より、綿毛のほうが身軽な感じ。人間も身軽なほうが、遠くまで飛んでいけるのかなあと思って。

いろいろな気持ち、思い出への執着を手放して、身軽になったら、すっきりして、遠くへ飛んでいけるのかなあと、考える日があります。

でも、気持ちを整理するのは、簡単なことじゃありません。不登校ひきこもりになったとき、あるいは、それに関連した嫌な思い出は、忘れたころに再び顔を出す。

だから、モノを片付けて、それに関連した執着を手放していくのが、わたしには合っているのかなあと考えて、心が疲れたとき、悩んだときには、大掃除を決行するようになりました。

たとえば、服。人間関係で嫌な気分になったときに着ていた服は、その服を見るたびに、そのときの気持ちを思い出して、もやもやするから、思いきって捨てます。代わりに、新しい服をひとつ買うと決めてから捨てると、(お気に入りだから捨てたくない)って執着から解放される気がします。

そのうち、捨てた服にまつわる嫌な思い出を振り返る日も少なくなり、やがて、心が身軽になります。

服って、少数精鋭でも、意外と困らない。結局、お気に入りの服ばかり着るので、外出着が3着、部屋着が3着あったら、だいたい足りる。まだ、ここまで少数精鋭にはなっていないけれども、いずれ、そういう感じになると楽だなあと思っています。服選びが苦手だから、少ないほうが気楽だなあと。

捨てようか、置いておこうか迷ったものは、捨てたら良いと思います。迷うぐらいなので、なくても困りません。そのうち、自分がもっていたことも忘れてしまうでしょう。

と、人には言っておきながら、我が家には、捨てるか置いておくか迷って、とりあえず保管されているモノが、たくさんあります。服に限らず、なんだかんだあります。

掃除の達人には、程遠いです。坂の途中。

3月も、あとわずか。まもなく4月が始まります。捨てるかどうか迷っているモノを、執着と一緒に手放して、身軽な気持ちで、春を迎えたいです。

考えてばかりいると、あっといまに一日が終わります。1週間、1ケ月、1年だって、あっというまです。考えるより、まず行動。心配性で、なかなか行動できない自分も、一歩前へ進みたい。春だから。


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