元不登校ひきこもりが、花粉症を通じて考えた、生きづらさとの向き合いかたについてのおはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

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元不登校ひきこもりと花粉症と生きづらさについて


わたしは田舎で、生まれ育ちました。大学進学をきっかけに、いまは都会で暮らしています。

都会で暮らし始めて驚いたことのひとつに、花粉症である人の多さがあります。

わたしが生まれ育った田舎では、春になると、あちらこちらの木から花粉が放出されます。まるで雪のように、コンクリートの上に花粉が積もるのが日常の風景。花粉が、木から旅立つ瞬間に遭遇することも、しばしば。

|ω・) あっというまに五センチは積もるよ

これだけ多くの花粉が、あっちへこっちへと飛び交っているのですから、多くの人が花粉症であると思うかもしれません。

ですが、意外なことに、わたしが住んでいた田舎には、花粉症である人は、ほとんどいませんでした。

|ω・) 例外もある。大人になってから、田舎に引っ越してきた人たちは、花粉症に苦しんでいた

都会に暮らしていると、花粉が木から飛び立つ瞬間に遭遇する機会もないし、コンクリートの地面に積もることもありません。ほとんど花粉がないように見えるのに、都会には花粉症で苦しんでいる人が多いです。

とても不思議に感じていました。

ところで、花粉症というのは、身体に入ってきた異物を、身体の外の追い出そうとする働きによって起こるそうです。

子どものときから田舎に住んでいると、花粉がある生活が日常だから、細胞たちが“我々が生きる世界は、こういうものだ”と受け入れるのかなとの、考えに至りました。

それと同時に、考えたことがあります。生きづらいな。って感じるときには、自分自身や、ありのままの現実を受け入れることができていないのかなあと。

自分はもっとできるはず。とか、いまの環境が悪い。とか、いまの自分自身を受け入れずに、理想の自分や、理想の環境を望むから、生きづらくなるのかなあと。

人間には、無限大の可能性があるけれども、過去の自分や、きょうの自分ができない(やらない)ことを、未来の自分が、いつのまにかできるようになるわけない。まいていない種が、勝手に生えてくるわけがないなあと。

やっていないけど、やればできる。と、思いがちです。わたしは。

(・∀・) やっていないのに、やればできるって自信、なんだそれ

やってない。ってことは、何らかの壁があって、やっていないのだと思います。つまり、できないんだなあ。

|ω・) 強がらずに、真実を受け入れなさいよ

いまの時点では、できない理由があるはず。見てみぬふりをして、避けている理由があるはず。

ありのままの自分への抵抗をやめて、真実を認識するところから、進化が始めるのだと思います。

わたしのなかで暮らす細胞たちが“我々が生きる世界は、こういうものだ”と受け入れている。わたしも、“わたしは、こういう人間だ”と受け入れて、わたしが生きる世界に適した感覚をもつように進化したい。

わたしは、こういう人間だ。不完全で良い。完璧なのは可愛げが無いから、ちょうど良い。わたしの伸びしろ、見つけたり。

わたしのとっての“生きづらさ”の正体は、自分を、ありのまま以上の人間に見せたいという、認知の歪みだった。これからは、ありのままの、不完全な自分も、素直に受け入れて、そろりそろりと前進する日々でありたい。


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ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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