2年生に進級した不登校ひきこもりが考えていたことや、学校、親戚との関わりについての、おはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20190416haatoomiyawasabi

新しい学年の4月を迎えた不登校ひきこもりが考えていたこと


わたしが本格的な不登校ひきこもり状態になったのは、高校1年の12月の出来事でした。そこから、時間が経ち、高校2年の4月を迎えたときに考えていたことです。

不登校ひきこもりになってから、3ケ月。自分自身が制御できないカオス期(不登校初期)をこえて、わたしは停滞期(不登校中期)を迎えていました。

不登校ひきこもりになったばかりのころに比べると、不安的な気持ちが穏やかになり、一日中寝込むことも、奇声を発することも少なくなりました。

まわりからは、“普通の状態に戻った”ように見えたと思います。しかし、わたしの心のなかは、まだまだ整理されておらず、不登校ひきこもりの終わりを迎えた、その後の未来について考えられる余裕はありませんでした。

でも、カオス期とは違い、日常のなかに、喜びも見つけられるようになりました。

昔から好きだった読書を楽しんだり、母の料理を手伝ったり、ピアノを弾いたり、テレビをみたり、音楽を聴いたり、何もせず、ぼーっとするを楽しむ日も。

また、不登校ひきこもりから社会復帰する大きな一歩として、家から遠い、知っている人がいない場所へ出かけられるようにもなりました。

父の休日には、お弁当を作って、家から遠い場所へ出かける日も多くありました。

久しぶりに感じる、外の世界の空気は気持ちが良くて、わたしもいつか、この世界へ戻りたいという感情も生まれたのです。


高校は、なんとか進級したものの


4月になり、わたしは高校2年生になりました。本来ならば、わたしは出席日数が足らず、また3学期の期末試験も受けていないので、進級できない状態でした。

ですが、わたしと親しくしていた担任の先生が、各科目の先生と交渉してくれたおかげで、わたしは進級することができ、高校2年生になりました。私立の高校だったから、柔軟な対応をしてくれたのかもしれません。

わたしが、先生の訪問を拒否したこともあり、自宅にくることはありませんでしたが、手紙は、たまに届きました。

1年生のときに部活が同じで仲良くしていた隣のクラスの女の子たちと、4月からは同じクラスになったとの連絡がありました。高校2年生になったし、新しい気分で学校に通ってはどうか? との、お誘いです。

|ω・) 手紙は届いたけど、わたしは一度も読んでいない。母からの間接情報

わたしが通っていた高校は、2年から大学受験の勉強が始まります。人間関係も気になるところですが、まず、学力に問題があります。もう半年も、勉強をしていないのです。大学受験に向けた演習授業のスピードについていく自信はありません。

わたしは、進学校に通っていたけど、有名な大学に行きたいとか、将来何になりたいとか、明確な目標があったわけじゃありませんでした。だから、寝る時間も惜しんで勉強することに、もう価値を感じなくなっていました。

停滞期(不登校中期)になると、以前の高校に戻ることはないのだろうな。と考えるようになりましたが、不登校ひきこもりの終わりを迎えた、その後の未来についての考えは曖昧なままでした。どうしたいかを決める、心の余力はなかったです。


大学生の従兄弟が会いに来てくれた


不登校になったばかりのころは、親類が手紙を送ってきたり、家まで説教しにきたり、落ち着かない日々でしたが、だんだんと諦めたのか、わたしと関わりをもとうとする人はいなくなっていきました。将来を期待されなくなったようです。

そのなかで、春休みを利用して、大学生の従兄弟が会いに来てくれたのです。移動に一日かかる距離の我が家に、わざわざ訪問してきたことには、驚きました。

|ω・) とはいえ、わたしは部屋にこもりっきりで、彼とは直接会えませんでした。

この従兄弟は、のちに、「不登校ひきこもりであったことに後ろめたさを感じる必要はない」と、わたしに言いました。

彼は、不登校ひきこもりであったわたしの心に響く、なにか良い話をしてくれたかもしれないです。のんびりした性格で、わたしと感覚が似ているので、同じような気持ちになった時期があったのかもしれない。全部、憶測。わたしの想像に過ぎませんが。

何を話そうとしていたのかは、気になるところです。

不登校ひきこもりであった当時は、社会の枠から外れたわたしを批判しにきたと感じていました。みんな、敵。味方になってくれる人なんていないと決めつけて、人との関わりを避けてしまっていた。

わたしが安心できるのは、家のなかだけ。信頼できるのは、母、それから父、お姉ちゃんだけ。

安心地帯は、自宅だけ。そこから外の世界には、近づけない。

停滞期(不登校中期)のわたしは、穏やかにみえる状態にあっても、心を外に向ける段階にはありませんでした。


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ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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