学校を休む夢を見て安心したことや、それをきっかけに思い出した不登校後遺症当事者の想いについてのおはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20190516kurageoomiyawasabi
画像提供:YATA!さんによる写真ACからの写真

不登校ひきこもりになった夢を見て安心した


数日前の出来事です。わたしは、自分が不登校ひきこもりになった夢を見ました。

はじまりは、高校3年生。わたしは夢のなかで学校を休んでしまったのです。

(このまま明日から学校に行けなくなるかもしれない。不登校になったら、まわりの人に非難される生活をしなければいけない。自由がない息苦しい毎日なんて嫌だ)と不安になったときに、わたしはあることを思い出しました。

(そういえば高校一年生のときにも不登校になった。あれから社会復帰して幸せに生きていた。今度も大丈夫。なんとかなるはず)

考えかたが前向きになったところで頭のなかがゆらゆらして、自分自身が高校三年生ではなく大学生になったんだと気づきました。わたしは大学生になったけれども、きょう学校を休んでしまったという感覚は続いています。

高校時代とは異なり、大学時代のわたしには友人がいました。彼女から学校を休んだことに対してのメールが届いていました。

(友達から連絡がきている。きょうは休んでしまったけれども明日からは学校に行こう。でも、あと二年も大学に通い続けられるのだろうか。高校時代も途中で学校に通えなくなっているし、そのうち学校に行けなくなるんじゃないだろうか)

(同じ場所に四年も通い続けるなんて、わたしにできるのだろうか。高校は一年で転校して違う場所へ二年通った。わたしはいま大学三年生。同じ場所へ三年も続けて通うなんて中学校以来。大学も三年目になると顔を知っている人が増えてしまった。そのうち顔見知りの人たちとの関係につまずいてしまうのではないだろうか。無事に卒業できるのだろうか)と焦っているときに、わたしの頭のなかが再びゆらゆらし始めました。

そして社会人になりました。

(そうだ。わたしは卒業したんだ。高校も大学も、もうとっくの昔に卒業した。簡単に抜け出すことのできない場所から、わたしは解放されたんだ)とホッとしました。

さきほどまでと同じく休んでしまったという感覚は続いていました。ですが、いままでの気持ちとは異なりました。

(もしいまの会社を辞めることになっても、わたしにはたくさんの選択肢がある。心配しなくてもなんとかなるよ)と安心したところで、再び頭のなかがゆらゆらし始め、最後に現在の自分を思い出しました。

(もう全部終わったことだ。良かった)と安心して朝を迎えました。

年号が「平成」から「令和」に移り変わるように、わたしも夢のなかでゆらゆらと自分の気持ちの変化を振り返ったのです。


夢を見て思い出した不登校後遺症当事者の想い


わたしは学校が苦手です。絶対に戻りたくないです。不登校ひきこもりになった高校時代はもちろん、楽しく過ごしていた大学時代に戻ることも遠慮したいです。

わたしにとっての学校とは理不尽なことが起こっても簡単には抜け出せない場所です。どんな理由があっても、一度抜け出してしまうと犯罪者のように非難されてしまうイメージをもっています。

社会人は違います。いまは転職する人も多いですから、会社を辞めたとしてもまわりには受け入れられるように感じます。わたし自身うつ病になって会社を辞めたことがありますが、不登校になったときのように非難される状態ではありませんでした。そういうこともあるよねーって。

社会人になって三年以内に転職する人は少なくないと聞きました。それに比べると高校を卒業する三年のあいだに転校する人は少ないので、違和感があり責められるのかもしれません。

わたしは不登校になったとき、まわりの大人から非難されました。特に親戚や近所の人たちからの攻撃には恐怖を感じていました。

わたしは楽をするために怠けて学校に行かなくなったのではありません。学校へ行きたいのに行けなくなってしまったのです。

わたしは不登校になった原因はとして思い当たるものはいくつもあります。そのどれもが後から考えると些細なものであり、どれが決定打となって不登校に繋がったのか自分でも確信をもって答えることができません。

だから、わたしにとって学校は恐怖の場所です。自分には解決できない気持ちが生まれた場所だからです。

昨日まで当たり前に通っていた場所に近づけなくなる。不登校になったときに感じた恐ろしさは忘れることができません。

以前に不登校後遺症についての記事を書きました。

そのときに書いた「解決した問題と、解決していない問題の違い」に当てはめてみると、わたしにとっても不登校ひきこもり体験はまだまだ解決していないんだなと改めて気づかされます。

不登校になった日に感じた恐ろしさを思い出すとき、わたしはそこにはいません。いまでもまわりの情景ばかりを思い出します。もう十年も前の出来事ですが、わたしは心が苦しくなり涙をこらえることができません。

わたしは不登校ひきこもりに関するブログを書いているのは、自分自身が不登校後遺症から抜け出せていない当事者だからにほかなりません。

このブログを読んでくれているみなさんと同じく、わたしも不登校ひきこもりに悩んでいる当事者のひとりなのです。意外に感じるかもしれませんが。


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ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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