未来を想像する時間が足りないので悩む時間が減ったことや、何も成し遂げていない日も前進しているよっておはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20190518taijyuoomiyawasabi
jyugemさんによる写真ACからの写真

未来の想像に費やす時間が足りない


わたしは、未来の想像をするのが好きです。

十年後にこうなりたい。十年後こうなるには、一年後にこうなっていなければいけない。だから、今月中にこれをする。来月にはこれをする、再来月には……と、計画を立てるのが好きでした。

ところが、さいきんは日常が忙しすぎて、想像に費やす時間がありません。ただただ過ぎ行く時間を眺める毎日に落ち込んでいました。落ち込むだけではなく悔しいとも感じていました。

目標も計画もない毎日が良い未来に繋がっていると思えなかったからです。


母から、とある本をすすめられる


ゴールデンウイークに実家へ帰省すると、母が樹木希林さんの本を貸してくれました。その本のなかには、いまの自分にピッタリの言葉がありました。

生きるのに精いっぱいという人が、だいたい見事な人生を送りますね
参考文献:樹木希林「一切なりゆき」文春新書

一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書) [ 樹木希林 ]


樹木希林さんの本を読んで、再び自分の現状を振り返り、気づくことがありました。

いまのわたしには未来を想像する時間が足りません。そのかわり、わたしが生きてきた時間のなかで、もっとも密度が濃い「いま」を過ごしているなあと。


そもそも困難は予期できない


いままでのわたしは、困難を予期する日々を送っていました。未来の想像をするなかで、未だ起こっていない困難を予期して不安になる日が多かったです。

しかしながら、予期した困難の大部分は実際に起こることがありませんでした。つまり、不安になる必要がない未来を想像して悩んでいました。

(・∀・) そもそも困難を予期するなんて、神様じゃなきゃ無理。

どれだけ未来を想像して悩んでも、実際に起こるのは予期せぬトラブル。ことわざ通り「事実は小説より奇なり」ってわけです。

さいきんのわたしは、未来を想像する時間が足りないので、困難を予期する時間も足りません。だから、悩む時間が減りました。

日々の暮らしのなかで問題はなんだかんだと生まれます。悩みごとゼロとはいきませんが、悩む時間はずいぶん減りました。

時間が十分にあるときよりも、気持ちが自由で生きやすくなったように感じます。


未来の想像ができない毎日が見事な人生の始まり


いまのわたしは、目標も計画もない毎日を過ごしているかもしれません。

でも、生きている限り、何もしない、何も考えない日はありえないので、自分が認識できないとしても、なにかしらの前進はしているのだと考えるようになりました。

木は成長していないけど根っこは成長しているという感覚です。新しい芽は出てこないし、新しい花も咲かないけども、来年に備えて根っこが土のなかを前進しているような。ときが来たら、一気に芽が出て咲き誇るんじゃないかと。

(・∀・)  わくわく

そういえば、わたしが不登校になったときに父が言っていました。

「寝るのも勉強のうち。人間は二十四時間動けない生き物だから休憩も大事」と。

寝ているあいだにも人間は成長している。動くことだけが大事だったら二十四時間動き続けられる生き物になっているはずだから、動いていない(寝ている)時間にも人間は成長しているに違いない。

いまは目に見える変化が起こらず、何を成し遂げたのか分からない無計画な毎日を送っているのだけれども、それを価値がない時間だと決めつけるのは終わりにしたいです。

未来の想像ができない毎日が、見事な人生の始まりだから。

不登校ひきこもりになると、未来の想像ができなくなると思いますが、どんなときも人生は続いています。途中で諦めたら、それまでの努力はなかったことになってしまいます。あともう少しだという想いをもって過ごしてください。やがて必ず花が開きます。


よく読まれている記事 : 
カオス期、停滞期、回復期。不登校による気持ちの変化は三段階ある


ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


ランキング登録しています。
応援してくれると嬉しいです。
にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ