土屋賢治さんのコラムにあった良い言葉と、五つの性格についてのおはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

20190520ringooomiyawasabi
画像提供:涼風さんによる写真ACからの写真

性格には良いも悪いもない。元不登校ひきこもりの学び


ゴールデンウイークに実家へ帰省した際に、父親からいくつかの本をおすすめされました。

(・∀・) 我が家は読書王国。父も母も読書好き

その本のなかに、性格に関する面白いコラムが掲載されていました。

進化の過程で、一見弱そうな性格も残ってきたということは、そこにちゃんとした意義があり、その人にしか果たせない役割があるということです。
参考文献:土屋賢治「月刊雑誌PHP五月号NO.852」PHP研究所出版

※ ノートにメモした文章なので、正確ではないかもしれない。文章のもつ雰囲気はあっていると思う。

土屋賢治さんは、PHPにて毎月コラムを書いています。お茶の水女子大学名誉教授で、専攻はギリシア哲学や分析哲学です。

わたしは土屋賢治さんが好きなので、父からPHPを渡されたときには最初に読みます。

どちらかというと、おもしろコラムを書く人です。たとえば、夫婦喧嘩を減らす方法は、週二日外食すること。妻は火曜日、夫は金曜日に。みたいな感じの人。


五つの性格


さて、性格についての良い言葉を紹介したのですが、性格には五つの種類があるそうです。

五つの性格とは、「開放性」「誠実性」「外向性」「協調性」「神経症的傾向」

誠実性や外向性、協調性は、よく耳にする言葉なので、イメージしやすいと思います。

聴きなれない言葉について補足すると、「開放性」は好奇心やチャレンジする気持ちのことで、「神経症的傾向」は不安を感じやすい、劣等感を抱きやすいなどの特徴があります。

その他「やり抜く力」や「逆境に負けない力」を加えて、七つの性格傾向と呼ぶこともあるらしい。

この五つ(七つ)の性格を並べてみると、「神経症的傾向」は、なんだか悪い性格のように感じます。不安を感じやすかったり、劣等感を抱きやすかったり、苦しい感じがする。

|ω・) わたしは神経症的傾向が高い、間違いなく

しかしながら、土屋先生の言葉を借りると、一見弱そうな性格であっても、現在まで残っているということは、意義があるってことなんだなあ。本当にダメな性格であれば、淘汰されてなくなっているはずだもんなあ。

わたしは、開放性や誠実性も高いと感じる。もしも、わたしが楽観的な性格であったら、過去を振り返り反省することもなく突き進み続けて、取り返しのつかない失敗を連発しているかもしれない。

だから、「失敗したらどうしよう」とマイナスな気持ちをもって、おそるおそる行動していることは評価しても良いと思う。

わたしがもつ神経症的傾向は、多くの失敗を回避してきたはず。となると、悪い性格とも言い切れぬ。

以前、夫がわたしの性格に対して「慎重で失敗が少ないのが良い」と言った。神経症的傾向は、わたしの良いところでもあるのだ。

(・∀・) 性格には良いも悪いもないんだなあ

自分の性格が悪いと感じている人も落ち込むことなかれ。本当に悪い性格だったら長い歴史のなかで絶滅しているはずだから、自信をもって堂々と生きたら良いんだよ。

現在に生きているすべての人が、選ばれた優れた性格をもっているのだから、誰かの心にちゃんと響くのだ。


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ほな、また(・∀・)よしなに!


(・∀・)このブログの作者はこんな人だよ

過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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