不登校ひきこもりになったときに先生から貰ったけど読めなかった手紙を十年越しに読み、感じたことについてのおはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

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写真提供:紺色らいおんさんによる写真ACからの写真

不登校ひきこもり時代に先生から貰った手紙を見つける


先日の帰省にて、実家の断捨離を手伝ったときに、押し入れから見覚えのある鞄を発見しました。わたしが不登校ひきこもりになるまで使用していた鞄です。

鞄の中をのぞいてみると、わたしが不登校ひきこもりになった日の、あのときのままの状態で残されていました。

鞄を見るのも嫌になって、片付けられることなく、十年の年月が流れていたのでしょう。最後の登校日に持っていったのであろう教科書やノート、プリントが入っています。

近くに積まれていた箱からは、不登校ひきこもり時代に先生から貰った封筒を見つけました。

担任の先生ではないけれど、親切にしてくれた国語の先生からの手紙とカセットテープでした。

母から手紙を受け取ったときも、部屋を片付けるために箱に詰めたときも、開くことのなかった手紙ですが、そろそろ過去の自分を受け入れられるじゃないかと感じたので、十年越しに手紙を読みました。


不登校ひきこもり時代に先生から貰った手紙を十年越しに読んだ


印象に残った言葉を、いくつか紹介したいと思います。

「とてもここには書ききれないけれども、学校へ来いなんてブスイなことを先生は言いません。長い人生一年や二年休んだってどうということはないというようなことも先生は言いません。豊かで快適に生きる方法を選択してほしいと願うだけです」

「説教みたいですが、自分の責任としての「選択」を放棄することはしないでください。人生は、何がどうあれ、自分で立ち、自分で歩く。その考えが一番底になければならないということです。自分でしか乗り越えられないということを忘れないでください。逆境にまけてしまうのは、自分の精神力の弱さです。そこから目を背けず、自分で立ち上がってください」


手紙を読んで感じたこと


わたしが不登校ひきこもりになり、社会復帰を果たしてから、十年が経ちました。

十年に月日のなかで、わたしの心にあった不登校ひきこもりに関わるエピソードは良い方向へと消化されてきました。

先生が言いたかったことも、この十年で気づいたり学んだりした出来事を重ねて、納得しながら読むことができました。

不登校ひきこもり時代に先生から貰った手紙は、わたしが社会復帰を果たしていない時期に読んでも、心に響かなかったと思います。

どんな人生であっても「選択」したのは自分自身。責任も自分にある。

手紙は十年越しにちょうど良いタイミングで、わたしのもとへ届きました。感謝。


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