ふたつの「一緒に頑張ろう」にまつわる体験談を通じて、疲れた心に必要なのは励ましよりも共感ではないかと考えたっておはなしです。

こんばんは。大宮わさびです。このブログは、わたしの不登校に関する経験談や、自己肯定感、人間関係に関する話題を更新するブログです。

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画像提供:umiphotoさんによる写真ACからの写真

一緒に頑張ろう


中学生のとき、お母さんを失くした女の子がいました。

彼女を励ますつもりで、先生やクラスメイトは「一緒に頑張ろうね」と口にしました。

すると、女子生徒は「一緒に頑張ろうって、あなたたちのお母さんは生きているじゃない。頑張ってもお母さんは生き返らないのに、何を頑張れっていうの」と怒って、泣き始めました。最後は保健の先生に連れられて、教室を出ていったのです。

残されたクラスメイトたちは、「励ましたのに、怒るのはおかしいよね」と不満を口にしました。

その夜、彼女はどんな言葉を求めていたのだろうなあと考えましたが、わたしのなかで答えは出ませんでした。


自分が一緒にがんばろうと言われて気づいた


それから数年後、高校生のわたしは不登校ひきこもりになりました。

わたしが学校へ行けなくなったころ、先生や友達、親戚が家に来る日がありました。

「みんな辛いことはあるよ、一緒に頑張ろう」って内容の言葉をかける人が多かったです。

直接相手には言わないけれども、心のなかは怒りでいっぱいでした。

(学校に行けなくなったことがない人に、わたしの何が分かるの。わたしが大げさに辛いふりをしているって言いたいの。うんざりだ)と。

“自分より困っている人を励まして、良いことをした気になっている”

わたしは相手に対して、怒りの気持ちしか出てきませんでした。ひとりになってから泣きました。

“わたしたちはあなたと違って幸せだよ”って姿を見せつけられて、わたしに到達できない場所にいる彼女たちに、崖の上から突き落とされたような気持ちになりました。

いままで頑張ったつもり。もう頑張れない。って感じていました。


心が疲れたときに必要なのは、励ましよりも共感


ふたつの「一緒にがんばろう」にまつわる経験を通じて、“頑張る”って言葉のもつ重みを考えるようになったわたしに、これが答えかもしれないと感じる出会いがありました。

大学生のころに参加した、不登校ひきこもりに関する講演会での出来事です。

東京大学名誉教授で教育学を専門とする、汐見稔幸さんが発した言葉のなかに、人の心のなかには「頑張っていると認めてほしい」というニーズがあるというおはなしがありました。

そのおはなしを聴いて、過去の出来事を繋げてみたところ、気づきました。

「一緒に頑張ろう」と声をかけた人たちは、過去ではなく、未来に向かって励ましの言葉をかけたのですね。

一方、不登校ひきこもりになったわたしとしては、未来ではなく、過去の苦しみに対して「頑張ったね」って認めてほしかったのかなと。

汐見稔幸教授は「まわりから認められることで、人は優しさを取り戻す」という考えをもっていました。

わたしはおはなしを聴いて、まわりから“頑張った”と認められることで、相手は自分の味方だと信頼して、自分から相手にも優しさを伝えることができるのかなあと思いました。

悩んだり困ったり、心が疲れている人に対して、言葉をかけるとすれば、未来への励ましではなく、過去へ共感することが大事じゃないかと。

振り返ると、不登校ひきこもりになったわたしは「頑張ったね」って認めてほしかったのだと気づきました。未来のことも確かに不安ではあったけれども、過去の自分への後悔のほうが大きかったから、不登校ひきこもりになるまでの自分もちゃんと頑張っていたよって、認めてほしかったのかもしれません。

もし、まわりにいる不登校ひきこもりになった人への声かけをするのであれば、「一緒に頑張ろう」じゃなくて、「いままで頑張ったね」って過去への共感をしてあげてほしいです。

過去の自分を認められることが、前へ進むエネルギーに繋がるはずだから、過去への共感は間接的な未来への励ましになるのです。

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過去記事 ⇒ ジェットコースター人生を歩む、元不登校 大宮わさび。はじめましてのご挨拶。


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